大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成5年(行ツ)65号 判決

京都市伏見区竹中町六〇九番地

上告人

寳酒造株式会社

右代表者代表取締役

田辺哲

右訴訟代理人弁護士

小野昌延

中山晴久

鳥山半六

同弁理士

新実健郎

村田紀子

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 麻生渡

右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第六一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成四年一二月二四日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小野昌延、同中山晴久、同鳥山半六、同新実健郎、同村田紀子の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。右事実関係の下において、本願商標の「純」の文字が自他商品識別機能を備えるに至ったということはできないとした原審の判断は、正当として是認することができ、右認定判断の過程にも所論の違法は認められない。論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 大野正男 裁判官 千種秀夫)

(平成五年(行ツ)第六五号 上告人 寳酒造株式会社)

上告代理人小野昌延、同中山晴久、同鳥山半六、同新実健郎、同村田紀子の上告理由

第一、 法令の解釈適用の誤り

一、 原判決は、「原告焼酎について使用された標章は、『純』の文字と『宝焼酎』の文字等とが結合して一体として使用されてきたものというべきであり、『純』の文字のみで独立に使用されてきたということはできないと判断される。」(原判決一二丁一二行目乃至一五行目)、「この判断を覆すに足る事実を認めるべき証拠はない。」(同一七丁一八行目乃至一九行目)、「そうすると、本願商標の『純』の文字が標章として独立して商品『焼酎』に使用されて社会的に自他商品識別機能を備えるに至ったということはできない。」(同一八丁一行目乃至三行目)、「したがって、本願商標と同一構成態様の標章が指定商品の焼酎について使用されていることが認められないことを理由に、本願商標が商標法三条二項の要件を具備したとは認められないとした審決の判断は正当である。」(同丁四行目乃至七行目)と判示している(傍線は上告人が付したものである)。

しかしながら、原判決が、右に摘示したとおり、商標法三条二項の商標使用を、出願商標と同一構成態様の標章が使用された場合、本件についていえば、本願商標の「純」の文字のみが独立に使用された場合に限定しているのは、同条同項の解釈適用を誤ったものといわねばならない。その理由は以下に述べるとおりである。

二、 そもそも現実の取引社会において商品のラベルや容器、包装に付され、また広告や取引書類等に表されるなどして使用される商標は、単一の標章のみからなる場合の外に、二以上の単位文字標章の組合せ、文字標章と図形標章の組合せ、二以上の図形標章の組合せ、或いはそれらの複合的な構成からなるものなど、さまざまな構成要素としての単位標章の組合せ(コンビネーション)、または複合体(コンポジション)からなる場合も多い。しかもこのような場合には、その構成態様も常に一定しているわけではなく、営業上や広告上種々の構成態様のものが使用されるのが通例である。

そして、ある単位標章が他の文字や図形などの構成要素と共に、複合商標ないし結合商標として使用される場合であっても、その構成要素中の当該単位標章のみによって、取引者需要者が何人の業務に係る商品であるかを識別しうるようになることがある。それ自体では自他商品識別力のない文字が、他の標章と共に使用されているうちに、次第に識別力をもつようになり、やがてそれのみでも独立して識別力を備えるに至る場合は、その典型例である。

従って、商標法三条二項の解釈適用に当たっては、右に述べた取引社会の実情に徴し、使用されてきた複合商標ないし結合商標中の単位標章についてもその適用を認めるべきであり、出願商標と同一構成態様の標章が使用された場合でなければ適用しないとするのは、取引社会の実情を無視したものといわねばならない。

三、 所謂使用による特別顕著性に関しては、昭和三四年制定の現商標法三条二項によって初めて明文化されたのであり、大正一〇年制定の旧商標法は、その一条二項に「登録ヲ受クルコトヲ得ヘキ商標ハ文字、図形若シクハ記号又ハ其ノ結合ニシテ特別顕著ナルモノナルコトヲ要ス」と規定するのみで、所謂使用による特別顕著性に関する規定はなかったのである。

ところが、このように商標自体の構成が特別顕著であることを登録要件とし、所謂使用による特別顕著性に関しては何らの規定のなかった旧商標法下にあっても、大審院判例により、左のとおり所謂使用による特別顕著性が認められていたのである。

「普通名詞より成り且つ普通使用する書体にて表示したる文字商標と雖も長年月の間継続して一定商品に使用せられ来りたる結果其の商品との関係に於いて取引上右商標に於ける普通名詞は固有名詞化せられ、該商品に其の商標を添付するときは之に依り一般取引上直ちに商品の出所を認識せらるるに足るときは特別顕著性を有するに至りたるものとして、登録商標たる適格を有するものと解せざるべからず、蓋し或る商標が自他の商品を識別する標識として特別顕著性を有するや否やは、商標自体の構造のみに依るに非ずして一定の商品に対する関係に於いて、該商標が一般取引上如何なる印象を与ふるやに依り定むべきものなればなり。」(大判昭和三年四月一〇日大審院第二民事部判決昭和二年(オ)第一〇九三号民集七巻一八五頁)

これは、商標自体の構成には特別顕著性がなく、規定上は登録要件を欠くものであっても、長年月の使用によって特別顕著性を取得することがあるという取引社会の実情を重視したものといわねばならない。

所謂使用による特別顕著性に関する右のような沿革に徴しても、これを明文化した現商標法三条二項の解釈適用に当たって、取引社会の実情を無視すべきでないことは明らかである。

四、 のみならず、使用された複合商標を構成する単位標章についても、商標法三条二項を適用すべきであるとする上告人の解釈は、従来の裁判例において採用されて来たところである。すなわち、

「原告会社は、昭和九年以来、その製造するまぐろ等水産物の罐詰のうち内地用のもの全部に、水産物であることを示す波型をかたどった緩い横波状線を下部に持つ本件の赤黄の市松模様の商標を採択使用して爾来今日に至ったものである。そして原告の前記商標は、原告の事業が盛大に赴くに伴い、今日においては、・・・顕著な着色と相まち、それのみによつて、取引者需要者間に、これを付した商品が原告会社製造の水産物であることを認識せしめていることが認められる。してみれば原告の本件商標は、すくなくとも今日においては、永年の使用により、いわゆる特別顕著性を有するに至ったものと解するのを相当とする。

尤も被告代理人の指摘するように、原告会社製造の内国向水産物に実際に使用せられたラベルには、甲第一〇号証の一、二、三にみるように、本件商標の外に、原告会社の略称を示すS、S、Kの文字及びまぐろフレーク、さんま味付等それぞれ罐詰の内容に応じた図形及び文字が記載され、決して本件の商標ばかりが単独に使用されたものでないことは、前記各証人の証言によっても明白であるが、本件商標は前記SSKの文字及び、内容の表示の文字及び図形とはかかわりなく、これのみによって、原告の製造にかかる商品であることを認識せしめるものであることは、前段認定のとおりであるから、前記被告代理人の主張する事実は、前記の判断を覆えすものではない。

以上の理由により、原告の本件商標には特別の顕著性がないとした審決の判断は不当であって、原告の本訴請求はその理由があるから、特許庁のなした抗告審判の審決を取り消し、・・」(東京高裁昭和三一年(行ナ)一七号昭和三二年一二月一〇日判決)。

また、特許庁の商標登録実務においても、商標登録済みの「SAKE ONECUP OZEKI」(昭和四七年一〇月二一日登録 登録番号九八六一八三)という複合商標を、「ONE CUP」の文字を大きく印象を強めて記載して使用してきたことにより、商標法三条二項を適用して、その単位標章である「ONE CUP」の商標登録を認めているのである(昭和五四年九月二八日登録 登録番号一三九四四七〇)。

更に、商標法三条二項の解釈適用に当たり、実際に使用された標章と出願商標との構成態様の厳密な同一性を要求すべきでないとする上告人の主張も、次の裁判例によって是認されているのである。

「本願商標が別紙第一目録記載のとおりジューシーの片仮名文字を横書きしてなるものであることは当事者間に争いがなく、右目録の記載から明らかなようにその字体として通常の活字体より心持ち縦に長く横に短い書体が用いられている。しかし、審決が「本願商標は『ジューシー』の片仮名文字を横書きしてなり」とその構成を認定し、特にその字体について言及していないことからもうかがわれるように、その字体は通常の活字体とほぼ同一といってよく、通常の活字体でジューシーと横書きされた標章は本願商標と同一の範囲を出ないと認められる。また、別紙第二目録記載のものは、本願商標とは「シ」の部分の終筆部が異なりやや丸味を帯びた字体が用いられている点で若干の差異があることが認められるが、この字体も片仮名の字体として特に奇異な字体ではないから全体としてなお本願商標と同一の範囲を出ないと認めるのを相当とする。」(東京高裁昭和五七年(行ケ)第二一三号審決取消請求事件昭和五九年一〇月三一日民事一三部判決 判例時報一一五二号一五九頁)。

これらの裁判例や商標登録実務に徴しても、原判決が商標法三条二項の解釈を誤っていることは明らかである。

第二、 審理不尽

一、 原判決は、商標法三条二項の商標使用を、出願商標と同一構成態様の標章が使用された場合、本件についていえば、本願商標の「純」の文字のみが独立に使用された場合に限定するという誤った解釈のもとに、専ら「純」の文字のみで独立に使用されてきたか否かの審理に終始し、これを肯定すべき証拠はないとして上告人の請求を棄却していること前述のとおりである。

しかしながら、本願商標の「純」の文字が上告人の使用してきた商標を構成する単位標章であることは原判決も認めているところである。従って、上告人の「純」の文字を単位標章とする商標使用の結果、その単位標章である「純」の文字のみでも独立して取引社会において自他商品識別力を取得するに至っているか否かについて審理を尽くし、これが認められない理由を適切に判示しなければならないのである。

しかるに原判決は、この点について全く審理することなく、上告人の請求を棄却しているのであって、審理不尽も甚だしいといわねばならない。

二、 なお、更に付言すれば、原判決は次の各事実を認めている。即ち、

(一)上告人が「純」の文字を構成単位標章とする商標の使用に当たって、「純」の文字を大きく又は強調して書き、他の構成単位標章の文字は小さく又は印象を弱めて書いていたこと(原判決一二丁二行目乃至四行目)。

(二)また、上告人の依頼によりテレビコマーシャルとして放映されたものの一部に「純」の文字のみからなる標章があったこと(同丁一七行目乃至一九行目)。

(三)さらに、新聞、雑誌、単行本の記事に原告焼酎を単に「純」とのみ称呼している例があり、商店の売上伝票にも同様の記載例があること(原判決一四丁九行目乃至一二行目)。

(四)加えて、関西大学の吉田眞弓が全国酒類小売店業者に対して実施したアンケート調査において全員が「(焼酎)純」を知っていると回答したこと(原判決一七丁九行目乃至一〇行目)。

従って、前記一、記載のとおり、原判決が自他商品識別力取得の有無について審理を尽くしていれば、右(二)乃至(四)記載の各事実が生起したのは、上告人が「純」の文字を構成単位標章とする商標を右(一)記載の態様で使用した結果、その商標の構成単位標章である「純」の文字のみが独立して自他識別力を有するに至ったからに外ならないと解することが、経験則に照らし十分可能だったのである。

尤も、原判決は、

右(二)について、その標章と原告の商品との関連性が認められないと判示しているが(原判決一二丁一九行目乃至一三丁二行目)、商品との関連性がないコマーシャルなど存するわけはなく、かかる疑問は釈明権を行使すれば容易に解決しえた筈である。

右(三)の称呼事例については、いずれも本件審決時までの例ではない(原判決一四丁一三行目乃至一五行目)、右(四)の調査結果も本件審決時までの事実を調査したものと認められない(原判決一七丁一三行目乃至一五行目)と判示しているが、これらの称呼例や調査結果は、本件審決時までに「純」の文字のみが独立して自他識別力を有していたことを物語るものと解する余地も十分にあるのであって、釈明権を行使しないままこれを否定したのも審理不尽といわねばならない。

第三、 結語

以上に記述したとおり、原判決には商標法三条二項の解釈適用の誤りと審理不尽の違法があり、これらは、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

以上

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